片言隻語

第22回 和書の起源と和紙

 日本で作られた本を和書という。その和書の歴史は、洋書、漢籍等、他の文明圏での歴史とは異なり、いきなり紙の本から始まる。理由は文字(漢字)と紙が、殆ど同時期に日本に紹介されたからと考えられる。日本でも木簡などの簡冊が紙と共に使われた事実はあるが、記録媒体の主流は、最初から紙であったと考えられる。日本にいつ紙が入り、製紙術が伝えられたのかは定かではない。日本書紀には、610年に曇徴が来朝し、絵具・紙・墨を巧みに作ったと記されている。おそらくは日本における碾磑(みずうす)の創製者であるとは書かれているものの、絵具・紙・墨については言及がない。したがって、彼が来朝する以前に、製紙術は伝わっていただろうと考えられる。

 現在残っている日本最古の本は、7世紀初めの聖徳太子の自筆といわれる法華義疏であるとされる。また、法華義疏は維摩義疏、勝蔓義疏と並び、三経義疏と言われ、聖徳太子の自著とされ、法華義疏のみ現存する。法華義疏は長らく法隆寺に伝来したが、1878(明治11)年に皇室に献上され、御物となった。他の二つは、後の時代の写本のみ伝えられている。奈良時代の本の現存数は数千点にのぼり、1000年以上昔の紙の本が、これほど多数残されているのは世界に例が無い。また、日本では、楮、三椏などで漉いた耐久性に優れた紙の本が生まれている事も特筆すべき点である。このことは、火災等により多くの書物・本が焼亡してはいるものの、近隣諸国に比べても多くの書物や本が現在まで保存できた一因となっている。

 図書館にとって、蔵書を将来に伝承することは基本的使命の一つであるが、この基本的使命の達成の大きな障害になるものがある。その一つはカビや虫による紙の劣化、損傷であり、もう一つは火事による焼亡である。この紙の劣化や、火災による焼亡について、当時の文庫や経蔵では施設面での対策も取られていた。具体的には、皇室の宝物を収蔵した正倉院のような高床式の校倉つくりの建造物としたり、藤原頼長の”宇治の文倉”に見られるように、「その文庫は高さ一尺の基礎の上に一丈一尺、東西二丈三尺、南北一丈二尺の建物を建て、南北に戸を設け、四方の壁には板張りの上に石灰を塗り、屋根は瓦葺、建物から六尺離れて柴垣を廻らし、その外に堀、その外に竹を植え廻らせ、さらにその外に普通の柴垣を設けて」(小野則秋.日本図書館史.蘭書房,1952,p.48-51.)災害(火災)に対する備えとした。この完成は1142(天養2)年4月であったが、1156(保元元)年の保元の乱における頼長の敗死と共に烏有に帰した。

 施設と並び、記録媒体である紙の質的改良も重要である。先に述べたように、日本では製紙技術の伝来以来、楮や三椏を原料にした製紙法に改良がくわえられ、耐久性に優れた紙が多く作られた。その一例が、美濃の国(岐阜県)で作られた美濃和紙である。和紙の原料には紙の質を弱くする成分が含まれていないので、その保存性が非常に優れていると言われる。その証拠には奈良の正倉院等にはおよそ1300年前といわれる和紙が残っているほどである。耐久性、保存性、柔軟性、安定性が高い評価を得て、国内は勿論、世界中の文化財の修復にも活用されているが、近年、近隣諸国が低価格を武器に和紙類似の紙を主として東南アジア諸国の文化財修復のために輸出したところ、日本の和紙に及ばないとの評価が下されている。また、強度や耐久性にも優れていることから、和傘にも使用される他、紙布(しふ)で作られる着物まである。和紙の原料は主として楮、雁皮、三椏であるが、これらの国内での栽培が減少しており、製紙原料の入手難が生じている。特に国内での積極的な栽培奨励が必要であろう。手漉きの和紙は、高度な技術が必要とされる日本の伝統工芸品である。明治時代以降は機械による和紙の生産が進み、現在、後継者の育成が大きな課題になっている。このような状況下で、美濃和紙は1985(昭和60)年通商産業省(現経済産業省)による伝統工芸品の認定を受けており、その製造技術は1969(昭和44)年に無形文化財に指定されるとともに、島根県の石州半紙、埼玉県の細川紙とともにユネスコから無形文化遺産に登録されてもいる。

 和紙の原料について概観すると次の通りである。【楮(こうぞ)】和紙の大半は楮を使用している。繊維が長く、絡みやすいのでもんでも破れない強靭さを持ち、幅広い製品に用いられる。【雁皮(がんぴ)】古代には斐紙(ひし)と呼ばれていた。繊維が短く、紙の表面はなめらかで美しい仕上がりになる。かな料紙や写経用紙など、細字に適している。【三椏(みつまた)】雁皮に似て繊維が短い。印刷に適し、大蔵省が栽培を奨励した。葉書や便箋などに用いられている。【麻(あさ)】古代を代表する和紙の原料。扱いが難しく、楮の台頭によって使用量が減少。重厚で風格のある仕上がりが特徴。

  和紙を作る上で大切なのが原料と並んで水である。原料の楮を水にさらして洗う工程や流し漉きでは、良質な水が必要となる。和紙作りにはカルシウムやマグネシウムの含有量が少ない軟水が適している。私達が普段使用している水道水で和紙を作ろうとすると、水道水には塩素が含まれている為、数年後には紙が赤く変色してしまう。要するに、水に含まれている成分の僅かな違いで紙の質に影響が出るのである。

 紙を作る技術の基本は、東アジア大陸からの伝来であることは既に述べた。しかしその後、日本は独自の改良を加え、新製法を編み出し、中国の技法「溜め漉き」ではなく「流れ漉き」という漉き方を浸透させたところに特徴があると言われる。これは大陸と異なり、良質の水がふんだんに使えるという、水に恵まれた日本の国土の特徴によって可能になったことで、ここに和紙の特徴が生まれる元がある。流れ漉きは「ねり」と呼ばれる粘液を原料と混ぜ、その紙料液を揺り動かして繊維同士を絡みやすくする方法である。余分な水分は抜きながら、また紙料液を汲み入れるという作業を数回繰り返す。流れ漉きは奈良時代の末期頃から一般化され、薄くても丈夫な紙に仕上がるということで日本各地に広がった。

 このような和紙を用いて日本では古来、多くの和書、書籍が蓄積されたが、如何に和紙が丈夫であっても、所詮、半永久的な文献の保存を行う図書館や文書館業務の対象となる記録類では、紙の経時的劣化の進行は避けられない。そこで、この対処のためには修復作業が必要になるが、その修復にあたっても和紙が活躍する。修復作業の代表的なものは「裏打ち」であるが、ここに用いられる裏打ち用の紙は世界的に和紙が用いられている。この和紙を用いての裏打ち等の技術を駆使した資料の修復については、一部のアーキビスト(公文書館専門職)はその技術を保有するものの、一般には、図書館専門職である司書はその技術を習得していない。修復が必要な際は、表装や経師など、関連分野にも通じている修復専門の業者に依頼するのが一般的である。

高山正也 

(掲載日:2019年9月30日)

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