片言隻語

第2回 図書館は何のためにあるのか(その弐)

  図書館法第2条の図書館の定義によれば、「図書館とは、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的にする施設…」、とある。この条文から、公共図書館にはまず、図書、記録その他必要な資料が集められなければならない。では集めるべき資料類、同じ図書館法ではこれを「図書館資料」と呼んでいるが、この図書館資料とは具体的にどのような資料であろうか。図書館法の第3条によれば、図書館は郷土資料、地方行政資料、美術品、(音楽)レコード、フィルムの収集にも十分留意して、図書、記録、視聴覚教育の資料その他必要な資料を収集することとなっている。「図書」とは通常は本をイメージしてもらえばよい。本は単行本と雑誌(逐次刊行物、即ち、同じ誌名で、一定間隔、例えば月刊で刊行される出版物)に大別できよう。また一般に本と言えば、活字での印刷形態で複製された営利出版物であるが、同じ活字印刷本でも、広告のための本や官公庁が広報用に、又は業務用に印刷する資料(官公庁刊行物)もあるし、活字ではなく音や映像による記録物(録音資料、画像・映像資料等)もある。このように図書館に収蔵される記録物は多様な種類があるし、利用の仕方も様々である。図書館の利用を寸描すれば、新聞を読んでいる高齢者、絵本を母親と見に来る幼児、司書にストーリーテリングをしてもらっている子供たち、音楽CDを聴いている若者、ビデオソフトを楽しんでいる主婦、WiFiやLANにPCを接続し書類を作成中のビジネスマン、学習課題のため、事典類を調べに来た生徒、郷土史の資料を借り出す成人、国や自治体の行政記録を調べる自治体職員等々、多様な利用者の姿が図書館内にはある。 また、自分の求める情報がどのような資料に記載されているかが分からず、図書館の専門職員(司書)に何を見ればよいのかを相談する(これを図書館側ではレファレンス・サービス=参考業務という)人もいるし、読むべき資料がたまたまその図書館に所蔵されていなければ、他の図書館から取り寄せてもらう人もいるかもしれない。更に、所蔵資料の中から読みたい、又は読むべき資料を探し出せた人は、その資料を館内で閲覧するだけでなく、時間の制約等のために、借り出したり、複製(コピー)を作成したりもする。

 ここから分かる事は、図書館は単に本を借り出すだけの所では無いし、様々な利用の形態があるのだが、その利用される資料は比較的新しく最近時点で出版された営利出版物だけではないということに注目したい。図書館に対する誤解の一つに、「図書館は本屋(書籍小売店)の営業を妨害している」という俗説があるが、確かに近刊の営利出版物に関して、その可能性は零ではないものの、図書館の提供する記録類、資料類は必ずしも近刊の営利出版物だけではない。図書館のサービスのかなりの割合は、期間、それも数十年、百年以上の昔に刊行された記録物であったり、非営利出版物であったり、非出版物であったり、海外出版物であったりと多様である。それ故、現在の公共図書館について言えば、図書館としての本来の活動をしている限りは、単なる無料貸本屋とは全く異なる活動であり、書籍小売店の営業妨害などには成りえず、むしろ書籍小売店の営業を補完する。それ故、街の書籍小売店と競合する可能性はかなり小さいとも言える。翻って図書館側も、図書館の評価指標に図書貸出数を唯一絶対の様に採用し、ブームとなっている近刊娯楽本を利用者からのリクエストに応えて、複数部も蔵書に加え、貸出冊数の単純な増加を誇ると言う運営方針は改めた方がよい。何故なら、日本の図書館文化には本(営利出版物)をただ(無料)で借りて読むと言う出版文化はないのである。日本において出版文化が社会の各層(庶民層)にまで行き渡るのは江戸時代半ば、18世紀の半ば以降であるが、この時期には江戸、上方(京、大坂)、中京(名古屋)の各都市文化の栄えた地域で貸本屋の営業が盛んになり、江戸時代の出版文化を支えたと言えるが、今日の公共図書館的な読書施設は仙台の青柳文庫や伊勢・松阪の射和文庫など、若干の例外的なものを除くと見るべきものは殆んど無く、専ら、貸本を通じて庶民は有料で、娯楽用の出版物を楽しんでいたのである。

(掲載日:2018年8月27日)

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